ACジャパンの歴史

ACジャパンの誕生は1971年に遡ります。
大阪万博の翌年、日本中が好景気にわきたっていたその年に、大阪で関西公共広告機構が誕生しました。
提唱者は当時のサントリー社長佐治敬三氏です。
佐治氏はアメリカAC(The Advertising Council)の活動を知り、研究され、これを日本で実現したいと考えました。「環境汚染」「公共マナーの悪化」「人間関係の希薄化」など、景気上昇の陰で出はじめた社会のひずみに光をあて、みんなで考えるきっかけをつくりたい。そんな思いが、「企業が少しずつお金を出し合い、世の中のためになるメッセージを、広告という形で発信しよう」という呼びかけになりました。広告の仕組みを社会貢献に生かそうという考え方です。一般企業、メディア、広告会社がこれに呼応し、114の会員数での出発になりました。初代の会長に芦原氏、理事長には佐治氏が就任しました。初年度の広告媒体費は1.7億円とまだ規模は大きくありませんでした。

1974年には、社団法人・公共広告機構として認可され全国組織になります。その後全国8箇所に事務局が置かれるようになり、現在の体制が固まりました。そして40年の長きに渉り、延べ500を超える公共広告キャンペーンを展開し続けてきたのです。
2009年7月、公共広告機構からACジャパンと名称を変更します。そして、2011年には40周年を迎え、内閣府の承認を得て、公益社団法人としての活動をスタートさせました。

 

映像で見るACジャパン

ACジャパンの活動と歴史をこの映像でご紹介します。